【ファンタジー】 ある錬金術師の手記(仮) 【オリジナル小説】

ある錬金術師の手記(仮), 小説

第一章 第2話

 

 

私・・・いや、当時の一人称に倣って僕にしよう・・・。

僕は、250歳。《帝都、アヴァロン》にある魔術師ギルド本部の錬金術部の長だ。

今回の休暇は、半分は紛うことなき休暇だが、残り半分は名目上のもの。

半分というのは、10年に一度行われている《シュバッヘン・サミット》に出席するという目的があるためだ。
僕が出席するのは、前回会議に続き今回で2度目である。

 

当時の僕は、くすんだ灰色の髪と藍色の瞳を持ち、ひょろりとした体躯をしていた。まあ、今とあまり変わらない。

 

今回の種族会議の開催場所は、帝国と辺境国との国境に程近い《湖の街、アハティ》。
聞いた話では、かつて起こされた大爆発の爆心地がそのまま湖になっているらしいが詳細は分からない。
アハティは、その湖畔にある美しい街だ。

旅程は、馬車なら4~5日。

 

実は、地図上に正確な座標があるため、僕と戦闘魔術部の長がこの10年で復活させた術式、オプショナル・テレポートによって転位可能だった。

オプショナル・テレポートは、定めた座標に向けて転位することができるテレポートの上位術式だ。
あまりの便利さに500年ほど前に人為的に失われた術式のひとつだったらしいが、僕の持つ次元干渉術式と彼の持つ特殊な転位術式を組み合わせることで極秘裏に復活させることに成功したのだ。

僕も彼も3回しかストックすることが出来ないが、その便利さは筆舌に尽くし難い。
特に身体の弱い僕のサポートにはもってこい。そして間違いなく、人をダメにする術式のひとつである。

 

しかし僕は、困ったら何時でも転位すればいいなら、むしろ実験をしながら向かいたいと考えていた。

 

その実験の対象は、試製自立移動車『七香車』。

腕の良い車大工の親方と信頼できる技術者に特注した車体に全属性の術式を施した、技術と魔術の粋を集めて造られた人造アーティファクトだ。
馬車の乗り心地を良くする工夫を気のおけない職工ギルドの連中と語り明かしていたときに、内部動力で移動させるアイディアを出されて作成に取り掛かった楽しい玩具である。

このアーティファクトは、火打式の点火と電気式の駆動を水冷する構造を持ち、これらを無属性術式の連環によって魔術的に補助・維持している。
馬や魔物に牽かせることが無いため餌や水に困ることがなく、天候・悪路もなんのその。糞尿の害も出ないし喧嘩も起こさない。
そして、前も後ろも自由自在に動くことができ、曲がることすら可能だ。

さすがに今の段階では馬力が足りないため移動できるのは街道に限られるが、最大時速30kmという一般的な荷馬車の2倍ほどの速度が出せて、一度の起動で4時間ほど走行できる。

 

しかも、僕のような属性不適合者でも属性魔術に関わることができるという頗る付きの浪漫魔道具である。

 

その分、術者にかかる負担は重く、僕の分類した魔法難易度ではLv8相当という超高難易度術式を扱える必要がある。
これは、250年をこんなことに費やした僕が鼻血を出しながらなんとか日に2度起動できるというレベル。
魔術師でない人が扱うには難易度が高すぎて、例えば、ともに汗した親方は、血涙を流しながらも点火すら出来なかったほどである。

ちなみに、今のは全てカタログスペックであり、実証が済んでいない。

そして、試験が出来ていないために改善案が見つけられていない。

 

そこで、なんとかこいつの実地試験を行いたいと考えていた僕は、今回の会議にかこつけた経費申請書を作成し、いそいそと経理部に出向いていった。

錬金術部長とはいえ、大したお金を動かせるわけではない。
魔術師は、高位のものほど破天荒な者が多いらしく、通常業務外で経費を使うにはそれなりの手続きを要し、かつ、経理部を納得させる必要があるのだ。

 

その点、今回はイージーゲームになるはずだ。
休暇とはいえシュバッヘンの秘儀に関わることのため、経費を使うことの内諾が予め取れていたのである。

 

必要になるのは、滞在期間中の宿代と食費に移動費用。
それに、護衛費用だ。

オプショナル・テレポートは、ギルド内にも復活させたことを公開していなかったので移動は当然徒歩か馬車。
曲がりなりにも部長であり、しかも、自他ともに認める超健康不良人である僕は、馬車を使うことがほぼほぼ許されている。

ちょちょいとその馬車のところを有耶無耶にし、各種資材とメンテナンス用品を盛り込めば一先ず完了だ。

 

よし、ついでに護衛も一人技術者にしておこう。親方を連れていけば喜ぶに違いない。

浮いた費用は酒代に充てれば、他の護衛も首を縦に振ってくれるはずだ。

 

念の為、補助的な意味合いの趣意書も作成し、満を持して経理部に向かう。
凛とした雰囲気の漂う経理部に到着すると、少し険があるが美しい淡い青髪のエルフの元に真っ直ぐ向かいにこにこしながら申請書と趣意書を差し出す。
ギルド創成期からいるとまで噂されている経理部長である。僕は腐っても錬金術部長なので、同じ部長として直接決裁権を持つ経理部長に申請が出せるのだ。

彼女は、ちらと各書面を確認するとそのまましまい込む。
受領印を押されないままなのが引っかかるが、彼女は部長。無事、受理されたと思ってよいだろう。

 

「馬車のところ。万が一、横領だと判断することがあれば・・・分かってますね?」

あっさりと申請が受理されたことにほくほくしながら受け取りの礼を言って踵を返そうとすると、全てを見透かしたような一言を掛けられた。

恐る恐る視線を上げると、彼女の蒼い瞳は暗く妖しげな色を帯び、杖の先に小石ほどの光の玉を作り出している。
一見すると大したことがない小さな玉だが、それは彼女の切り札、火と水の合成魔術にしてプラスとマイナスのエネルギーをスパークさせた消滅術式だ。

彼女以外に扱えるものを僕は一人しか知らない。

それくらいの超難易度かつ超希少術式なのだ。

 

− あんなものを食らったら塵も残らない。

 

冷や汗をかきながら一も二もなく僕は頷く。
なんとか平静を装い、「全て、我がギルドの利益のためですからご安心ください」と伝えるのが精一杯だった。
間違ったことも、嘘も言っていない。追加でちょっと自分たちの遊び心が満たされるだけである。

 

「それと、護衛はこちらで選別しますので。まさか考えていないかと思いますが、「お友達」の旅費や酒代などは出ませんよ」

彼女が、提出した趣意書のうち護衛に関する部分を玉に近付けると、紙切れは玉に触れることすらなく一瞬で消滅した。

 

僕は暑くも無いのに汗をダラダラ流しながら平身低頭して、「一切をお任せします、宜しくご差配ください」と述べて退散した。

僕の考えなど全てお見通しということだ。

ならば、三十六計逃げるに如かず、である。

 

扱われ方だけ見ると僕が格下のようだが、この際プライドは抜きである。

というより、実際魔術師として格下なわけだし、大したプライドが元々ないので問題ない。

僕は事なかれ主義者だ。

 

部長として毅然とできないのは部下たちに悪いなあとは思いつつ、僕は経理部をあとにした。

 

3日後、ほぼ僕の要求したとおりの予算が下りて小躍りしたが、受理書には一文が添えられていた。

 

「『七香車』の基本仕様書の事前提出及び、実証報告書を後日必ず提出すること」

公開していなかった銘までバレているとは・・・。この50年で分かりきっていたことだが、経理部は内部調査の能力もピカイチだ。

 

改めて、意に反するようなことはするまいと心に決めるとともに、僕に釘を刺しながらも差し戻しなどせずに要求を汲んでくれた経理部長に感謝する。

 

そして僕は、望み通りの予算を受領するといそいそと準備を始めた。