【ファンタジー】 ある錬金術師の手記(仮) 【オリジナル小説】

ある錬金術師の手記(仮), 小説

第一章 第1話

 

 

 

~ある錬金術師の手記~

 

本書は、老境に差し掛かった私の、半生を記した謂わば自伝のようなものだ。

 

我ら《シュバッヘン》の同胞の中には、非力な己を呪い、長い生を持て甘しているものも多いことだろう。私もそうだった。
そんな諸兄にも、是非、本書を手に取っていただきたい。
本書を、いち同胞が主人公となる娯楽的小説として楽しんで一時の活力としてくれれば良い。
加えて、長命である我々の生の在り方、灰色に染まりがちなその思考に一石を投じる一助としてもらえればなお幸いである。

 

~錬金術師 キミア・ヴァネムイネ~

 

 

 

本章では、私が初めて冒険に触れることが出来た、1010年の夏からの出来事を述べようと思う。
思えば、この夏から私の人生の舵は、今いる方向に大きく傾き始めたのだ。

 

それに先んじて、まずはその年までの私の略歴を記そう。

とはいえ、決して面白い話ではない。読み飛ばしてもらっても支障はないし、一向に構わない。

 

さて、私は、《シュバッヘン》の中でも一際非力であり、人間の10歳児にも劣る身体能力と、火・水・雷の三属性全てに適性を持たない真の「弱者」だった。

長く生きる他は取り柄がないと宣告されたようなものである。
属性適性が無いと判ったときの両親の顔は、今でも鮮明に思い出すことができる。

そしてまた、弱者はより弱い者に厳しくなりがちだ。
結果、私には私が箸にも棒にもかからない存在だったことと、内向的な性格だったことが相まって、故郷で友人と呼べるものは出来なかった。

 

したがって、前200年の我が人生は、灰色どころか黒く塗り潰されていたに等しいと言っても過言ではない。

もちろん、家庭は比較的裕福で家族仲も良好だったため、傍から見れば決して幸せじゃなかったわけではない。
しかし、何を為すことも出来ず友もいないというのは、人として生きているとは言えない状況だと思わないだろうか。

それでも、10歳頃などは、子供らしく冒険者を夢見たこともあった。
ちなみに、この頃はまだソロで活動する冒険者が多かったのだが、私はパーティーで活動することしか考えなかった。
子供ながらに、種族の特性だけは冷静に見定めていたのである。

 

パーティーで活動するといっても、我々の種族は絶望的に非力でありそもそも前衛を引き受けることは不可能。
ならば中後衛を、と思い弓を手にしたが、弦を引く力が弱すぎて使い物にならず、投擲武器はすぐに疲れて回数使うことが出来ない。

幸いにも、弩(機械仕掛けの武器は、当時非常に珍しかった)を扱うだけの知恵と器用さがあったため、後にこれも試させてもらったが、情けないことに反動に耐えられなかった。
発射の衝撃で肩を脱臼し、胸に痣をこしらえた時、痛みと情けなさで涙が止まらなかった。

極め付きに、属性適性を持たないことからまともな魔術師にもなれない有り様だ。
結果、冒険者の夢は、齢15を数える頃にはすっかり潰えていたのである。

 

幸いにも、我が家は図書館に近く、冒険者の夢が破れた私は、日がな図書館に通うことが日課になっていた。
貧弱なシュバッヘンで友人のいなかった私が図書館に入り浸るのは、近いという理由だけで十分以上だったのは想像に難くないだろう。

ほどなくして地域の学問所に通うのも億劫になった私は、ある日、図書館で出会った少女から、その当時、魔法が分類されていないことを聞かされた。
銀色の髪を肩口で切り揃えた美しい少女の言葉は、不思議な誘引力とともに私の意識に深く刻み込まれた。
彼女は、この後も重要な局面で私に的確な助言を与え、影から手を差し伸べ、そして導いてくれる存在になるが、このときは当然、そんなことは及びもつかなかった。

ともあれ、その日から、私の半生の一大事業となる魔法の体系化が始まった。

私は、図書館の魔道書を片っ端から写し取ることから始め、術式の長短や密度から何から精査していった。
そこに意味があるかは考えなかった。
ただ、誰もやっていないことにひたすらに情熱を傾けて寂しさを紛らわせたかったのだと思う。

 

気付けば一世紀ほどが経っていた120歳、親のつてで図書館の司書を補助する仕事を始めた。

いい加減独り立ちしろと申し渡されたのである。
ごもっともなことだ。通常、20歳で自立するものを、さらに一世紀待ってくれていたのである。

兄弟たちは既に独立し、最後に残った私をどうにかこうにか自立させてようやく父が隠居できることと私の自立とを喜んだのは母だ。
二人で嬉しそうに私を見送ってくれた姿は、いつも私を力づけてくれる。

私が担当となったのは、人生の大半を過ごしてきた魔道書区画だ。
今考えれば、父が随分腐心してくれたことが分かるが、当時は籠っていたところが仕事場になることを幸運だとしか思っていなかったのだから救いようが無い。

しかし、勝手知ったる魔道書区画は私の庭であり、職員の誰よりも詳しく案内ができるほどになっていた。一世紀の積算は伊達ではない。
父の推薦の有無に拘わらず、私ほどの適職はいなかったと思う。

相変わらず非力な私は、主に案内という形で補助をしながら、一世紀続けてきた事業にも引き続き注力した。
否、職員となったことで時間の枷を外された私は、今まで以上にのめり込み、文字通り図書館に籠りっきりになったのだ。
朝起きて食堂で食事を取り、仕事が終わると分類を続けてそのまま眠る。
元々貧弱な肉体は、良くも悪くもその状態を維持し続けてくれたため、私は種族の肉体特性をむしろ有難がったくらいである。

 

光陰矢のごとし。200歳を迎えたとき、私の情熱が不意に形を成す。

次元に干渉する術式の構築に成功したのだ。
現在でもまだ高価な、次元拡張処理が施された道具類は、当時はダンジョン産の物しか世に出回らず、入手には豪運か都市規模の予算が必要だった。
それが人の手によって作成できる可能性が生まれたのがこのときだ。

術式構築が人の耳に入ると、私の状況は一変した。
ほどなくして、私は、魔術師ギルドから招聘を受け、一も二もなくその話に飛び付いた。

このときも、たまたま現れた魔術師ギルドの幹部に我が術式の説明が出来た幸運を喜んだのみだったが、後にそうではないと知ることになる。
おおよそ三代に渡り替わっていた司書達が、私の一大事業を、代替わりする度にギルドに報告してくれていたのだ。

同僚、上司が私を気に掛け、また評価してくれていたことが分かったとき、私はつくづく自分の不明を恥じ、以後、周りをよく見るように心掛けてきたつもりだが、果たしてどうだろうか。
私を知る諸兄は、こっそり教えてくれると嬉しい。

 

次に大きく環境が変わったのは、240歳を数える年、紀1000年だ。
私は、原初の魔法は全て分類を終え、新たに構築されていく術式にも対応できる体系化を進めていた。
誰の役に立つでもなかったが、体系化が進むたびにあの時の少女は喜び、苦労話を真摯に聞き、新たな視点を私に与えてくれていた。

また、件の次元干渉術式に進捗があり、次元拡張の術式とその定着方法が確立された。
その功績により、私は、一挙に魔術師ギルドの錬金部門長と職工ギルドの魔術顧問を兼任する抜擢を受けたのである。

この頃には、私は前述の恥を知り、仕事を通じて精神的な安定を得られたことから人付き合いにも楽しさが見出だせるようになってきた。
仕事終わりに酒場に出向き、時に気むずかしがり屋も多い魔術師ギルドの所属員と語り明かし、時に気のいい職工ギルドの職人たちと飲み明かす。
交友関係といえるか当時は自信が持てていなかったが、仕事を通じた繋がりが、私に生を与えてくれたことだけは確信していた。

私が先の抜擢を受けたのは、円滑な人間関係があったことも無関係ではない。

次元拡張技術の独占を図りたい魔術師ギルドは、一方で道具化を図るために職工ギルドの助力を必要としていた。
一方の職工ギルドも、次元拡張技術は欲しいが、魔術師ギルドの専横に手を貸したくはない。
双方は、その辺りの調整を、どちらとも交流があり術式構築者である私に丸投げする形で一任したのだ。

それと同時に、いよいよ同胞の中でも一人前と認められ、必要なことだが傍迷惑な、種族の秘儀に触れる役目を賜ったのである。

目が回るほど忙しい日々が、瞬く間に過ぎていく。

 

そして迎える1010年の夏。

 

私は、人生2回目の、10年に一度の種族の秘儀に参加するため、暑くなる直前の七の月、久方ぶりの休暇を取ったのだった。