【自作小説】 第13の男 〜幸運0の多幸戦士〜 (仮) 【ファンタジー】
第一章 〜生成〜 第1話
灯りが無ければ手元も見えない暗闇。ここは洞窟を象った《ダンジョン》だ。
漆黒の空間を、ひんやりと湿った空気が満たしている。
− コツ・・・コツ・・コツッ
穂に淡い光を湛える槍を杖がわりにしながら、男が独り、慎重に歩を進めていく。
無骨な革のグローブに包まれた手が握り込んでいるその槍は、穂先から石突に至るまで繊細かつ秀麗な模様がところ狭しと刻まれている。
総身は白銀で形作られており、素材が穂先の光を反射して闇に浮き上がる模様は、光と影のコントラストが幻想的で美しい。
総合的に判断すれば、槍が特別な品物、《アーティファクト》であることが見て取れるだろう。
穂の大きさは40cm弱。
槍の全長は2m程度なので、全体の長さに比べて大きな刃を持つといえる短槍だ。
元の色合いに近い淡い光が、まるで穂を大きく見せるかのように包み込んでいるため、長大な長巻のようにも見えた。
アーティファクトから持ち主たる男の姿に目を向けると、中肉中背、目深に被ったキャスケット帽から分かりにくいが、20歳前後といったところだ。
どこにでもいそうな、特徴に乏しい男である。
黒い帽子の奥から覗く顔立ちも、黒髪黒瞳で心持ち目付きが鋭い他は、これといった特徴は無い。
疲れた顔をしているが、目は生命力に満ちており、その表情はどこか満足そうだ。
そのまま続けて、男の全身に視線を落としていく。
上半身には、どちらかというと、防御力よりも動きやすさに重点を置いたレザーアーマー。
漆黒の中では判別しにくいが、色は焦茶色。素材の色をそのまま利用しているのだろう。
革鎧は、よく鞣された革に丁寧な縫製がされており、職人の腕の良さがよく分かる品である。
せっかくの職人の仕事だが、脇腹の部分には斜めに穴が空いており、肩口や背中が焦げ付いている。
おそらく完全な修復は難しいだろう。
下半身は、動きやすそうな素材でできたボトムに、膝まで覆うようなハイカットのハードレザーブーツ。
どちらも、光が無ければ容易に暗闇に溶け込むような色をしている。
丈夫な革製の長靴は、足場の悪い中での足への負担軽減と戦闘での使用を両立するためか、革を幾重にも使った部分があり、全体にゴツゴツした印象である。
綺麗に油で磨かれていたことが分かるが、元々の色合いに泥が跳ねた汚れだけでなく血と得体の知れない何かが跳ねた跡が幾筋も付いている。
顔を近付けるのは憚られるような臭いになっていることは想像に難くない。
一方のボトムは、この時代に特有の、かつ市場に出回ることも多いがそこそこに値が張る、多少の自己再生能力を持つ特殊素材で作られている。
冒険者御用達の逸品であり、男の一張羅だ。
他の装備が多かれ少なかれ傷に覆われる中、艶のない黒に目立った損傷は見当たらない。
しかし、血と埃に塗れ、思わず咽るような状況にあることは他と変わらない。
男の表情とこれらの装備の状態は、辿ってきた洞窟内の行程が過酷ながらも充実したものだったと、言葉より雄弁に語っていた。
その男の左斜め上を、柔らかく光るものが先導するように位置取りながら、緩やかに宙を舞う。
一見すると小鳥のようだが、見るものが見ればこのような種はいないことが分かるはずだ。
柔らかい光を抜きにしても鮮やかな色を見せつけるかのようにゆっくりと優雅に羽ばたいている。
男の全身が闇に溶け込むような色合いであるのに比べ、思わず見惚れてしまうほど美しいといえるだろう。
手のひら大より少し大きいそれは、《ガジェット》と呼ばれる冒険者を補助するための人造生命体だ。
ガジェットは、主人の生体情報を基に生成され、主人の成長と、自身に向けられた関心の強さに依って成長する。
そして、主人とともに生き、ともに死ぬ存在なのだ。
もちろん、人造生命体という出自の特殊性から、全ての冒険者が所持しているわけではなく、とある組織に所属している者のみが有する特別なものである。
男が連れているそれは、男が深い関心を寄せて作成されたことがひと目で分かるほど精巧精緻で、人造であることを感じさせない。
しかし、控えめに言って愛らしいその姿は、幸か不幸か、特徴の乏しい男に似つかわしくないようにも見えてしまっているだろう。
男は、2つの灯火と手元の杖を頼りにしながら、ゆっくりと、しかし確実に進んでいく。
道がときに合流し、また、分岐があるたびに迷うこと無く一方を選んでいく。
足取りは、道を知っているという自信に溢れている。
よくよく見ると、男が迷わず選ぶ道には、脇に積石がされているのが分かる。
元々辿ってきた道に、帰りの準備を施していたのだ。
幾つか分岐と合流を繰り返したころ、 空気の匂いが少し変わった。
湿った土と何かが発する洞窟の中独特のものに、草いきれと朝露の爽やかさが乗ったのだ。
足下に注意して歩いていた男がそれに気付いて顔を上げると、前方に点のような光が見えてきている。出口だ。
「あと一息か・・・よし!」
出口が近いことに力を得た男は独り言ちた。
男の言葉に頷くかのように槍も瞬く。
自然と歩調は早くなり、遂には槍を抱えて駈け始めた。
光と風に向かって男は疾走する。
−−− そして −−−
「・・・!!」
洞窟を走り抜けて男は立ち止まった。
真っ先に目に入るのは、地平線から顔を出し始めた太陽。そして視界いっぱいに広がる草原。
青々とした葉が、陽光を受けてキラキラと金色に染まっている。
− 生命の輝きそのもののような光景だ −
月並みだがそうとしか言いようが無い、などと考えていそうな顔で、男が眩しそうに目を細める。
洞窟から流れ出したひんやりとした空気が、肩で息をしているその後ろ姿を優しく撫でていく。
− 男は、生まれて初めて目にする光景に目を奪われながら、その心地よさに身を任せていた。 −
この辺りで自己紹介をしておこう。
出口まで男を導いてきた灯火のひとつ。
冒険に不可欠な数多の機能を持つ、物言わぬ人造生命体。
そして、控えめに言って愛らしい存在。
それが私だ。